全体志向の人は、たぶん自分より先に「場」を見ている。誰か一人が楽をすると全体が歪む感じが気になって、多少の個人の不満は飲み込むのが大人だと思っている節がある。組織がうまく回っている状態そのものに、安心とか正しさを感じるタイプだ。 一方で個人志向の人は、組織を道具として見ている。自分が動きやすいか、納得できるかが最優先で、「全体のため」という言葉が出た瞬間に、誰の都合かを確認したくなる。自由が削られるくらいなら、効率が少し落ちてもいいと思っている。 この二人が同じ場所にいると、「もっと我慢しようよ」と「なんでそこまで背負うの?」がすれ違う。どちらも悪意はなくて、ただ守りたいものの単位が違うだけだ。
「会社は金儲けをする場だから、仕事が楽しいかどうかは二の次だ!」という方々と、「仕事は楽しくあるべきで、お金はその必要条件に過ぎない」と考えている方々は、しばしば衝突する。
組織はできるだけ早いスピードで大きくしなければならない、という人々と、マネジメントが困難なサイズまではむやみに大きくしない、という人々とでは会社の運営に対する考え方が全く異なる。前者はしばしば、恐ろしく挑戦的な目標を掲げるが、成功すればリターンは大きい。後者は慎重に組織を運営するので崩壊しにくいが、大きな成功を一夜にして成し遂げる、という訳にはいかない。
「積極的に会社が教育してくれるんでしょ?という人々と、「結局、頼りになるのは自分だけでしょ」という人々は話が合わない。
成果のみで評価する、という会社と、成果よりもむしろプロセスに評価の力点を置きます、という会社では成果に対する考え方が全く異なると言ってもよい。
組織のために個人があるのだ、という考え方、いわゆる全体主義と、組織は個人の活動のためにあるのだ、という個人主義は相容れない。
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全体志向の人は、たぶん自分より先に「場」を見ている。誰か一人が楽をすると全体が歪む感じが気になって、多少の個人の不満は飲み込むのが大人だと思っている節がある。組織がうまく回っている状態そのものに、安心とか正しさを感じるタイプだ。
一方で個人志向の人は、組織を道具として見ている。自分が動きやすいか、納得できるかが最優先で、「全体のため」という言葉が出た瞬間に、誰の都合かを確認したくなる。自由が削られるくらいなら、効率が少し落ちてもいいと思っている。
この二人が同じ場所にいると、「もっと我慢しようよ」と「なんでそこまで背負うの?」がすれ違う。どちらも悪意はなくて、ただ守りたいものの単位が違うだけだ。